はにかんだ笑顔
彼女にはじめて会ったのは上野公園
すっきりと晴れた寒い日
何百年も生きてきたイチョウの木々が黄金に輝いていた
私は友人と皇室展を見に行った
十一時少し前だったが、公園には何百人もの列ができている
ホームレスの人々への食事ボランティア
もう珍しくもなくなってしまった光景に
行き交う人々は、そちらを見ることもなく通りすぎてゆく
企業の都合で働く道をとざされ
住まいさえ奪われてしまった人たちが
一日一回の粗末な食事を得るため何時間待つのだろう
命をつなぐために並び続ける人たちの横を
私は美術館に向かう
この人たちに、私はどう見えるのだろう
本当に困っている人たちを横目に
美術品を鑑賞するために来ている私が
美術館を出ると、どこからかさわやかな音楽が聞こえてきた
アンデスの楽器は、公園の風と共に私の気持ちを軽くしてくれた
少し離れた場所で踊っている人がいる
控えめだけどとても楽しそうに
昔はダンサーだったのかもしれない
でも
人目は気にならないのだろうか
恥ずかしくないのだろうか
短めの皮のジャケット
ワイドなパンツ
カールした長い髪
私と同じくらいの年恰好だと思うが
今風の服を素敵にきこなしている
見つめなければよかった
彼女の服は明らかに汚れている
彼女はホームレスだ
彼女がこちらを見た
目が合った
私は一瞬迷い、頭を下げた
彼女は少し困ったようにはにかみ、そして微笑んだ
彼女は何もなかったようにすぐダンスに戻った
演奏者に笑いかけながら楽しそうに踊っている
ホームレスという過酷な人生を生きているのに
なぜ、あんなに楽しそうにダンスを踊れるのだろう
同じ年頃の、それも女性
戦後の競争社会を
女性が軽視されていた時代を
お互いに生きてきた
どこかであっていたかもしれない
私は彼女に聞きたかったのだ
育ちの良さを感じさせる上品なダンス
着こなしのセンスの良さ
恵まれた暮らしをしていたと思われる彼女が
何故ホームレスになったのか
ホームレスの暮らしでいいのか
私にできることがないのか
なぜ笑顔を返してくれたのか
私は挨拶することを一瞬躊躇したのに
あのはにかんだ笑顔は私の脳裏から離れない
あの時
彼女に寄り添い、お互いの人生を語り合うことはできなかった
これからもできるかどうかはわからない
でもできる自分になれるよう努力しよう
まだまだ時間は残されているのだから
この詩(詩とはいえない文章ですが)は、2月に行われた埼玉県男女共同参画センター(With You さいたま)フェスティバルで、「朗読で語る女の人生」をテーマに、それぞれが自分史を書きそれを朗読するという活動を続けているグループの一員として発表したものです。
この文章を書こうと思った動機は、上野公園で会った彼女のことがどうしても頭から離れず、思い出すたびの涙が出るほど情けない気持ちになる理由を知りたいと思ったからです。
ホームレスの問題には、議員としても積極的に取り組んできたし、少なくともホームレスの人達の側に立って生きてきたと思っていたのに、彼女と目が合った時すぐに挨拶できなかった、挨拶することを躊躇した私自身の行動があまりにも以外であり、理解できなかったからです。
年も同じくらい、同性である彼女に自分が重なり、私だったらホームレスの道はとらないし人前で踊ったりしない、自分と重なる彼女の存在を受け入れられなかったのかもしれません。
ホームレスに密着し15年間写真を撮り続けてきた神戸幸雄さんの著書「転落・ホームレス100人の証言」では、貧困の連鎖が新たなホームレスを生み、その連鎖を断ち切ることがホームレスの増加を防ぐ一番の要因としています。 2008年の世界金融危機で多くの派遣労働者が職を失い、親と子からなる現代の核家族化がそれらの人々を許容する力をもてなくなっている現状が、多くの人々をホームレス化させたのだと書いています。
あまりにも増えてしまったホームレスに、人々はそれが当たり前となり、彼らの存在に注意さえ払わなくなっている現状はなんとしても変えたいと思うのです。 ホームレスになった人々は、低学歴、家庭の崩壊、失業、事故、病気、酒、ギャンブル、気が弱い等さまざまな問題も抱えていますが、それら手持ちの条件がちょっと悪いだけで「生きられない」言い換えればホームレスになるしかない社会は明らかに病んでいます。
ホームレスは現代社会の作り出した結果であり、ホームレスになっていない私達は手持ちの条件が少し良かったからであり、その条件が壊れればいつでもホームレスになりうる社会に住んでいることを実感すべきです。 ホームレスの問題は私達一人ひとりに関わる問題です。
この社会を構成しているのは私達であり、変えてゆけるのも私達自身です。
人に嫌われないよう身奇麗にし、社会とのつながりを失わないための懸命の努力をしているホームレスの人々のことを知り、彼女がはにかみながらも私に返してくれた笑顔の意味が少しわかったような気がします。
社会に、人々に見捨てられたホームレスの人たちが、それでも繋がりたいと思っている気持ちを受け止め切れなかった私自身の弱さを素直に認め、きちんと応えられるような生き方をしたいと改めて思います。
手持ちの条件が少しぐらい悪くても支えあえる社会をぜひつくりたい、心からそう思います。
岡 まち子
2004年 母から受け継いだもの
2005年 私の転機
2006年 あなたへ
2007年 今だからこそ私は言いたい(還暦を前にして)
2008年 年の功を生きる
2009年 私らしく生きる(迷い)
2010年 はにかんだ笑顔